バルバラ・ツァンガール、Magic Line(5.14c)再登

写真=Jacopo Larcher

訳=羽鎌田学

10月29日火曜日、オーストリア人女性クライマー、バルバラ・ツァンガールが米国カリフォルニア州ヨセミテ渓谷でMagic Line(5.14c)の再登に成功した。この象徴的なトラッドルートは、テクニカルで極めて細く鋭いクラックで知られ、クライミング界で最も畏敬されているラインの一本でもある。

Magic Lineの再登により、バルバラ(愛称バプシ)・ツァンガールはクライミング界における第一人者としての地位を固め、また、2023年秋にヨセミテにあるもう一本の最先端トラッドライン、Meltdown(5.14c)を登っているので、女性初の「ヨセミテ・ダブル」を達成したことにもなる。

バプシは、ヨセミテ渓谷にある2本のシングルピッチ最難トラッドルートを両方とも登った3人のうちのひとりとなったわけだ。カルロ・トラヴァーシ、コナー・ハーソンと共に選りすぐりのクライマーのみからなるグループの一員となったのだ。

1996年に米国のレジェンドクライマー、ロン・カウクによって初登されたMagic Lineは、世界で最も経験豊富なクライマーたちの多くが挑戦してきたルートで、ロン・カウクが初登してからバプシが登るまでの間に4人しか完登に成功していない。フィジカルな強さ、ムーブをこなす正確さ、そして不屈の精神力という3要素の稀有な融合を要求されるMagic Lineの完登というバプシの偉業は、彼女のキャリアの中でも最も誇れるもののひとつであるのは確実だ。

完登後、バプシは今回の経験について次のように感想を語った。

「私にとって非常に大きな意味のあるクライミングになりました。それはもう素晴らしいラインでした。これほどまでに不安を感じさせられたクライミングは初めてでした。先ず、すべての難しいシークエンスをこなすための理想的な方法を見つけるのに時間がかかりました。最初に設定した目標は単にトップロープですべてのムーブをつなげることでしたが、その時点では、ギアをセットしながらリードで登るという次の段階は遥か遠くの世界でした。ギアのセットは非常に厄介でした。セットするところはどれもとても小さくて、セットに大変苦労させられました。登っている間中、いつ落ちてもおかしくないと絶えず感じていました。

ソールが固くて剛性のあるシューズは、下部の核心パートでは有効でしたが、上部の核心パートではまったく役に立ちませんでした。そこで柔らかいシューズを履いて3日間登ってみたのですが、今度は柔らかすぎて、核心のムーブはできそうにもありませんでした。スポルティバのカタナレースとスクワマを交互に履き替えて、最適な手段を見つけるのに時間がかかりました。

昨年の秋にドイツ人女性クライマー、ララ・ノイマイヤーと一緒にMagic Lineを数日トライして、これはひょっとして登れるのではないかとは感じていました。私はトップロープですべてのムーブをつなげて登り、リードでも何度かトライしましたが、リードでは核心を越えることができませんでした。そして、そのトライの最中に大変なことが起きてしまったのです。

最初に上部の核心でフットホールドがひとつ欠けてしまい、次に下部の核心で非常に重要なフットホールドがやはりひとつ壊れてしまったのです。その後、まだ自分に可能なのか、それとも別の方法でその下部のパートを登るのに十分なパワーがあるのか、本当にわかりませんでした。まだ足を乗せることのできる何かが残っていましたが、それはおそらく、そもそも小さかった壊れる前のフットホールドの半分にすぎませんでした。

もうツアーも残り2日になっていて、ルートを完登するための適切な解決策を見つけることはできませんでした。その時はかなり悔しかったのですが、モチベーションは高いままで、今年もまたヨセミテに来ることを楽しみにしていました。パートナーのヤーコポ・ラルケルもMagic Lineにトライしてみたいと意気込んでいました。私たちにはここに戻ってくる大きな理由があったのです。今年は、フットホールドが壊れた状態でどんな感じになるかまったくわかっていなかったので、ぜんぜん期待していませんでした。核心のシークエンスをこなすための方法を変えなくてはなりませんでしたが、トップロープで何日か登った後、再びリードでのトライを始めました。そのリード初日には、核心で何度も打ちのめされてしまいました。

一日レストした翌日、再び岩場に行き、ウォームアップしてルートに取り付くと、なんとか核心のムーブをきめることができたのです。実際には最も簡単なはずの中間のパートが非常にハードでパンピーに感じられ、それぞれのムーブをこなした後に、自分が依然落ちずに壁に張り付いていることに驚いてしまったぐらいです。

初めてリードで最後のノーハンド・レストポイントまで登ることができたのですが、Magic Lineを登ったクライマーなら誰しもその上で一度は落ちたことがあるのを知っていたので、とても緊張しました。同時に、最後のカムから終了点までかなりランナウトするので、最終パートを前にいっそう緊張していました。本当に不安でいっぱいでした。そこまで登っておいて失敗したくなかったのです。

これ以上にエキサイティングなことなどありえないから、気持ちを落ち着かせ、その瞬間を楽しもうと自分自身に言い聞かせました。わかっていたのです。ラッキーにもここまで来れたのだから、もう他のことは一切何も考えないようにして、後は単に残りのムーブを淡々とこなして登るだけだということを。

しばらくすると、私の手は大きなジャグを握っていました。あとは終了点までいくつかの大きなホールドをたどるだけでした。最後の簡単なムーブをこなしルートを登り切った時、私はようやくリラックスし、今自分が何をやり遂げたのか、そしてなぜ自分がクライミングがこれほど好きなのかを理解することができたのです。何ができるかなんて、やってみないとわかりません。それも懸命になって」

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