ミカエラ・キルシュ、クレシアーノでDreamtime再登
フレッド・ニコルの傑作を女性初完登

Nicholas Hobley planetmountain.com
訳=羽鎌田学
写真=Marco Zanone

スイスのティチーノ州クレシアーノから驚くべきニュースが届いた。ミカエラ・キルシュが、2000年10月28日にフレッド・ニコルによって初登された世界初の8C/V15ボルダー課題であるDreamtimeを再登したというのだ。これにより、ミカエラは、フレッドの初登以後、時の経過とともに世界で一番有名ではなくなったとしても、最も有名なひとつである課題を再登した最初の女性クライマーとなったのだ。

新しいミレニアムが始まると同時に初登された、栗の木々に囲まれたこのボルダー課題は、以来世界中の優れたボルダラーの想像力を魅了し、直ちに多くの者が切望する通過儀礼課題となった。その後(2009年)ホールドがひとつ壊れ、グレードに関する絶えざる議論が続いてきたにもかかわらず、この課題は過去24年間、その魅力をまったく失っていない。

11月9日土曜日のミカエラの完登は歴史的な偉業であり、彼女は、そのDreamtime、2023年1月にはスペイン、シウラナでLa Rambla(9a+)、2024年4月にはマルガレフのVíctima Perfecta(9a+)という、8Cボルダー課題と9a+ルートを登った最初の女性クライマーとなったのだ。そんな29歳のミカエラに、今回直接、Dreamtime完登までのプロセスについて語ってもらった。

ミカエラ、おめでとう!!! 最初に何を尋ねられるか想像ついているとは思いますが、やはり質問せずにはいられません。なぜ、Dreamtimeなのですか?いつ頃から登ろうと考えていたのですか?

ミカエラ Dreamtimeは、おそらく世界で最も有名、かつ最も美しいボルダー課題のひとつです。誰もがいつかは登ってみたいと夢見る課題リストのトップを飾る一本だと思います。フレッドが世界初のV15としてそれを初登した時、私はちょうどクライミングを始めたばかりの頃でした。そんな課題を私も登れて大変光栄です。

完登までの経緯について話していただけますか?

ミカエラ ティチーノに着いた時はひどい雨と湿気で、ほとんどすべてのものが濡れていました。私が少しでもトライすることができたのは、DreamtimeとStory
of Two Worldsのスタートの数手だけでした。最初の乾いた日にはなんとかDreamtimeのすべてのムーブをこなすことができました(トップアウトのムーブは除いてですが。スポッターをしてくれる人が誰もいない状態で、ひとりでそれをやってみるのは少し怖かったのです)。それ以後、Dreamtimeに集中することにしたのです。

以前にDreamtimeに触ったことはありましたか?その時、どこが難しかったですか?

ミカエラ 2023年冬、シウラナで私にとって一本目の9a+/5.15aルートとなったLa
Ramblaを登った直後に、Dreamtimeのスタンドスタートに初めてトライしました。私は、それまでで最も困難なスポート(リード)クライミングでの成果を祝うために短い休暇旅行のつもりでティチーノを訪れたのです。当時、私は自分が人生で最高の状態にいると感じていたのですが、クリンプホールドをなんとか保持することができても、8A+のムーブをこなすには程遠い有様だったのに気づかされました。それ以後、数ヵ月間のトレーニングとそれに伴うレベルアップのおかげで、今回はすべてが比較的順調にいきました。2023年にトライした日を除いて、今回のツアーの7日目のセッションで完登できました。

ひとりでトライすることが多かったというのは本当ですか?

ミカエラ ティチーノにはひとりで行ったのですが、ひとりで長旅をするのは初めてで少し緊張していました。でも、非常に大きな変化をもたらす良い経験になりました。完登できた日の朝は、クレシアーノは完璧な青空で、気がつくとDreamtimeを足元にしていました。それは非常に非現実的で、極めて私的な感覚でした。

今回の成果は、南アフリカのロックランズで、出発直前の指の骨折にもかかわらず挙げられた一連の印象的な成果の後に続くものですが、その怪我から何を学ばれましたか?

ミカエラ 怪我をしたことにより、精神的な強さとか、目の前にある課題や挫折を克服する能力が強化されました。私たち自身がプロセスのすべての局面をコントロールすることは不可能で、人生いつ何時何が起こるかわからないのですが、成功は、その時その時で最善を尽くしていくことによってもたらされるという大切なことを学びました。

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