アレックス・メゴス、あのAgincourt(8c/5.14b)をフラッシュ

Bibliographyを登るアレックス・メゴス

planetmountain.com
訳=羽鎌田学

2月下旬、すでに長年にわたりクライミングの世界で活躍するアレックス・メゴスが初めてビュークスへ足を踏み入れた。そして、この歴史ある南フランスの岩場で過ごしたほんの一週間で、彼は実に驚くべき成果を挙げた。多くのルートを再登したのだが、その中でも、Miss Catastrophe(8c)、Le Spectre du Sur-Mutant(8b+)、End of Weakness(8b/+)、La Mission(8b)、La Rose et le Vampire(8b)、Corbeau Technique National(8b)、Tabou(8a+)などの素晴らしい古典的ルートが際立っている。しかし、最も印象的な彼のパフォーマンスと言えば、Agincourt(8c)のフラッシュだ。

Agincourt(※)は、スポートクライミングにとって正に原点となるルートだ。それは、1989年に当時まだ22歳であったイギリス人クライマー、ベン・ムーンが極めてハードな10のムーブを繋げることに成功し、当時フリークライミングの先進国であったフランスにもたらした初8c(5.14b)ルートだ。それは、世界初の8cルートの一本と言っても過言ではなかった。実際、そのわずか2年前の1987年に、ドイツ人クライマー、ヴォルフガング・ギュリッヒがホームのフランケンユーラでWallstreet(8c)を初登し、初めて8cという高難度領域に足を踏み入れたばかりだったのだ。

今回の主役のアレックス・メゴスは既に複数の高難度ルートのオンサイトに成功しており、例えば世界で初めて9aルートをこの最もクリーンなスタイル(オンサイト)で登ったのは、彼だ(2013年3月、スペイン、シウラナ、Estado crítico)。今のところフラッシュで登られた最高グレードは9a+だが、それに成功したのはアダム・オンドラ(2018年、フランス、サン・レジェ・デゥ・ヴァントゥ、Super Crackinette)。いずれにしても、これまでAgincourtをフラッシュするなど、誰も考えたことはなかっただろう。アレックスは、ビュークスで一緒に登っていたフェリックス・ノイメアカーからと、2018年にAgincourtを登るセブ・ブワンを撮影した動画から得た情報をもとに、彼自身の夢でもあったAgincourtのフラッシュに挑み、見事にそれを達成した。同時にそれは非常に歴史的な意義がある成果でもあった。

ただその歴史的重要性にもかかわらず、Agincourtは、初登当時の花形クライマー、パトリック・エトランジェ(1989年)、ディディエ・ラブトゥ(1992年)ら、そして近年のセブ・ブワン(2018年)のそれを除き、現在まで40年近くにわたって再登されることも稀であった。大きな壁の2ピッチ目にあるルートなので、アクセスが先ず大変であった。おまけに単純にムーブが非常にハードで、ミスが許されるマージンが極めて狭いルートだからだ。また、そもそもビュークスでのクライミングスタイルは今ではもう流行らない80年代の黄金時代のものであり、今の高難度ルートにチャレンジするクライマーのほとんどは他の岩場にその目標を求めているというのも理由のひとつだ。

そうは言っても、まだここビュークスにはその黄金時代からの素晴らしいプロジェクトの一本が、今日に至るまで如何なる者にとっても実現不可能な夢のまま残され、初登者を待ち続けている。それは、Le Bombé Bleu「青い出っ張り」だ。1991年に天才児クライマー、マルク・ル・メネストレルが目をつけてボルトを打った並外れたラインだ。それは、ビュークスのセクターのひとつ、ラ・プラージュの頭上に圧倒的に張り出す巨大な出っ張りのど真ん中を突き抜けるポケットルートで、ベン・ムーン、シュテファン・グロヴァッツ、クリス・シャーマ、フレッド・ルーラン、イーケル・ポウ、ニコラ・ジャヌエル、ロイック・ゼアニ、シャルル・アルベール、ニコラ・プロルソン、ルシアン・マルティネスといった多くのトップクラスのクライマーたちが目を向け、トライしたにもかかわらず、依然未登のままである。もちろんアレックス・メゴスも、それにトライせずにはいられなかった。しかし結果、彼の口から出たコメントは、「ハード、今の自分には無理」の一言。

※Agincourt:アジンコート。フランス北部、ドーバー海峡にほど近い場所の名前、Azincourtの英語での呼び名。仏語ではアザンクール。15世紀初頭、イングランド王ヘンリー5世が率いる軍隊が、数に勝るフランス諸侯軍を破った戦いの地として有名。ベン・ムーンは、1989年12月には、やはり南仏のヴォルクスで8cのルートを初登し、Maginot Lineと命名した。こちらは、第2次世界大戦初期にドイツ軍の奇襲作戦によって脆くも崩壊したフランスの対ドイツ防衛線の名前。アジンコートにしても、マジノラインにしても、イギリスからやって来たベン・ムーンがフリークライミング先進国であったフランスに突き付けた挑戦状だったのだろう。

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